アメリカでも日本酒とビール造りをする杜氏兼醸造家が考える日本オリジナルとは?
- こぐねえ

- 7月12日
- 読了時間: 9分
クラフトビールが世界中で多様な進化を遂げている現代において、「日本独自のビアスタイルとは何か」という問いは、国内だけではなく、海外の醸造家たちも関心を示しているテーマです。今回で復活4回目を迎えたオンラインイベント「日本オリジナルのビアスタイルを探る旅Vol.29」では、平和酒造の髙木加奈子さんを4年ぶりにゲストに迎えました。プライベートでもビールの話しかしないというCRAFT BEER BASEの谷さんと髙木さん。今回は、麹や酒粕といった日本酒伝統の技法や素材をいかにビールへ昇華させるか、そしてその可能性が世界でどう評価されているかが、熱く深く語られました。
伝統素材「酒粕」をビールに溶かす職人技と苦悩
イベントの冒頭は、谷さんが用意した平和酒造の「デュンケルヴァイツェン」の話題からスタート。このビールには「酒粕」が副原料として使用されており、ここから話は一気にディープな醸造技術の裏側へと進んでいきました。
髙木さんによると、酒粕はビール造りにおいて「最も扱いが難しい素材の1つ」だと言います。酒粕とは本来、日本酒の搾り(上槽)の最終工程で清酒と分離される部分です。そこには多くの酵母や米の残渣(ざんさ)が含まれており、これらが清酒の中に残ってしまうとアミノ酸値が上がったり、苦味や渋味の原因になったりして品質保持に影響を及ぼすため、あえて取り除かれる要素でもあります。それを再びビールに投入するということは、増やしたくない雑味やオフフレーバーの発生リスクを高めることと同義です。しかし、上手くコントロールできれば「唯一無二の特徴的な味わいをもたらすため、挑戦する価値は十二分にある」と髙木さんは語ります。
平和酒造の「デュンケルヴァイツェン」は、小麦麦芽を50%使用し、そこに約20キログラムの酒粕を投入するという挑戦的なレシピでした。酒粕は非常に溶けにくいため、仕込みの前段階からマッシュタン(糖化釜)へ投入した水に溶かし込み、その「酒粕ウォーター」に対して麦芽を投入するという工夫を施しました。しかし、思うように作業は進行しませんでした。
麦汁をろ過する工程(ロイタリング)に入った瞬間、完全に中身が詰まってしまい、バックフラッシュ(逆洗)をしても、循環させても、一滴の麦汁も出てこなくなってしまったのです。釜の内部は、まるで「カッチカチの粘土」のような状態になっていたと髙木さんは振り返ります。
結局、通常通りのろ過は不可能となり、時間をかけても埒が明かないため、非常に高い糖度で取れるだけの麦汁を回収し、それを後から水で割るという苦肉の策で仕込みを完了させました。その影響で、仕上がりは想定よりも少し軽いボディ感になった可能性はあるものの、味わいのまとまりは見事なものになったと髙木さんは振り返っていました。
谷さんも「言われなければ酒粕が入っているとは気づかないほど、綺麗にフレーバーが同化している」と感嘆の声を漏らしました。
この「デュンケルヴァイツェン」には、日本生まれのホップである「ソラチエース」も使用されています。谷さんの「麹にはソラチエースが合う」という持論をベースに、酒粕も麹を含んだねっとりとした旨味を持つ素材であることから、相乗効果を狙って採用されました。「日本で手に入るソラチエースは、独特の複雑でしっとりとしたニュアンス、ボディ感のあるイメージ」を髙木さんは持っており、ヴァイツェンイーストが醸し出すエステル香、そして酒粕のコクと見事な調和を見せています。
過去にCRAFT BEER BASEで造られた、黄麹を20%使用した「和醸燻酒(わじょうくんしゅ)」の際も麹と酒粕の相性の良さは証明されており、おちょこで飲むスタイルが絶賛されました。さらに、「あん肝」のような、通常のビールでは生臭さが引き立ってしまうペアリングにおいても、互いの要素を高め合う完璧なマリアージュを生み出すという驚きの発見があったことも、2人の口から共有されました。
日本酒の魂を宿す「秒単位」の現場体験
話は2人の共同仕込みのエピソードへと移ります。昨年、谷さんは麹を使ったビールをさらに深く研究するため、平和酒造の酒蔵へ「麹造り体験」に赴きました。平和酒造の寮に泊まり込み、朝早くから夜遅くまで、杜氏(とうじ)の後ろにぴったりとついて日本酒造りの神髄を肌で体験したのです。
谷さんにとって、日本酒の製造工程を克明に観察したのはこれが初めての経験であり、そこで目にしたのは、クラフトビールの現場とは一線を画す、圧倒的なまでの「時間と温度の厳密な管理」でした。
「ビールはタンクという閉鎖空間で作ることが多いため、衛生管理には非常に気を使いますが、例えば煮沸時間を少し延長するなどの調整は比較的許容されます。しかし日本酒の現場では、お米に水を吸わせる工程(吸水)一つとっても、秒単位で管理が行われていました。一度水を吸わせすぎてしまったらもう元には戻せない、という極限の緊張感の中で、職人たちが『これなら大丈夫』『透明感が出てきた』と長年の経験と感覚で判断していく姿は、本当に息をのむ美しさであり、さすがだと痛感しました」
日本酒は米という固形物を扱うため、ビールのようにポンプで液体を簡単に移送することができません。毎日大量の物量を、人間の手で均一に運び、混ぜ合わせる必要があります。温度を測定する際も、1箇所で測るだけでは必ずムラが生じるため、手作業で攪拌(かくはん)を繰り返して温度を均一化させます。この徹底的な手練れの技と加工プロセスに触れたことは、谷さんにとって醸造家としての視野を大きく広げる契機となりました。
最新作の全貌 日本酒酵母「協会7号」と吉野杉のハイブリッド
そして、2人の手探りの挑戦は、最新のコラボレーションビールへと結実しています。今回の仕込みでは、さらなる進化を求めて、日本酒の世界で広く愛されている伝統的な酵母「協会7号酵母」が導入されました。
日本酒酵母をビール醸造に使用することは、技術的に極めてハードルの高い試みです。本来、日本酒酵母は10℃前後の極めて低い温度帯で、長い時間をかけてゆっくりと発酵を進める性質を持っています。さらに、ビール麦汁の主成分である「麦芽糖」を分解することは、日本酒酵母にとっては本来の専門外であり、いわば「こちらの都合で無理を言って働いてもらっている状態」です。そのため、発酵スピードを急がせようとすると、酵母がストレスを感じて嫌なオフフレーバーを出してしまったり、最悪の場合は途中で発酵が止まってしまう「発酵不全」を引き起こしたりします。今回も発酵期間が想定より大幅に伸びたものの、じっくりと時間をかけて待つことで、ビールの品質と熟成後の満足度を最大化させることに成功したのではないかと、谷さんは期待を込めます。
この最新作は、昨年造られた「空知絹雪」の設計をベースに、協会7号酵母で主発酵を行い、最終段階でビールのイーストをハイブリッドさせることで味わいをドライに引き締めました。さらに、仕上げの工程では、まるでクラフトビールにおけるドライホップ(発酵中にホップを投入する技法)と同じ要領で、日本の伝統的な木材である「吉野杉」を投入。日本酒の樽酒を思わせる清涼感のある木香と、リトルスター、そして日本酒酵母の複雑なエステルが織りなす極上の仕上がりとなっています。
世界が渇望する「ジャパニーズ・スタイル」と未来への展望
対談の終盤、話題は日本国内に留まらず、急速に広がる「世界市場における日本の醸造技術への注目」へと広がりました。現在、平和酒造はアメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスの隣町、ハリウッドの北側に位置するバーバンクにて、日本酒の蔵とブルワリーを融合させた新拠点の立ち上げという、壮大な海外プロジェクトを推進しています。
現在は先行してビールの現地生産が始まっており、定番のペールエール、ホワイトエールに加えて、和の副原料である山椒を使用したゴールデンエールを展開しています。現地のアメリカ人ブルワーや消費者の間では、この山椒のビールが圧倒的な一番人気を獲得しています。アメリカ市場の好みに合わせ、日本のオリジナルレシピよりも少し強めに山椒のペッパー感を効かせたフレーバー設計にしたところ、「これは本当に美味しい、紛れもないオリジナルだ」と絶賛の嵐を巻き起こしています。
ちなみにアメリカで「日本」と名のつく一般的なビアスタイルにはジャパニーズライスラガーがあります。しかし、アメリカ現地では、酒米がありながらもクラフトビール業界でのジャパニーズライスラガーはジャスミンライスが使用されています(ラベルにも表記されている)。
「せっかく酒米が手に入る世界でも数少ない国、これを工夫してネオジャパニースライスラガーにできないか?」という話題もディスカッションにあがりました。
世界のトップブルワーたちが「醸造酒の根源」を見つめている
谷さんと髙木さんは、ここ数年で世界各国の醸造所を視察し、現地のブルワーたちと交流を重ねてきました。そこで共通して感じているのは、「感度の高い、世界のトップを走るブルワーほど、国籍を問わず全世界の伝統的な醸造酒に強い興味を抱いている」ということです。
南アフリカの伝統ビール「チブク」の構造を徹底的に分析するヨーロッパのブルワー、韓国の伝統酒「ヤクチュ(薬酒)」や「マッコリ」の製法をビールに応用しようとする動き、そして、日本の「麹」「酒粕」「日本酒酵母」のメカニズムを完璧に理解し、自らのビールに取り入れようとする海外ブルワーもいます。世界は今、日本の伝統技術に熱い視線を送っています。
SNSの発信をAIが瞬時に翻訳してくれる現代において、日本国内で巻き起こっている「日本オリジナルスタイル」の実験的な試みについても、世界の尖った醸造家たちにリアルタイムで届き、強い注目を集めていると谷さんは言います。
地道なトライを続けること、それ自体が未来の文化になる
伝統的な日本酒の構造を一度パーツごとに分解し、ビールの骨格の中に再構築してみる。この4年間で、そうした試みを行うブルワリーは確実に増え、その知見も深まってきました。しかし、髙木さんが語るように「これまで誰もやってこなかった未知のスタイル」である以上、すぐに完璧な完成形に到達するわけではありません。仕込むたびに「ああでもない、こうでもない」という壁にぶち当たり、地道な微調整を繰り返す息の長い道のりです。だからこそ、「日本オリジナルのスタイルを探る旅」を止めず、挑戦を続けられる環境を業界全体で育んでいくこと。それだけが、未来に新しいビール文化を繋ぐ唯一の架け橋となるのではないでしょうか。
日本酒とビールが手を取り合い、お互いのファンの境界線を溶かしていくような素晴らしいイベントも産声を上げる中、私たちの目の前には、世界を驚かせる「日本発のビアスタイル」が着実に育まれている――。2人のディスカッションは、そんな輝かしい未来を確信させてくれるものでした。


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