日本オリジナルのビアスタイルを探る旅Vol.26 レポート
- こぐねえ

- 14 時間前
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いま、日本のクラフトビール界は、日本のブルワーたちが長年積み上げてきた独自の美学により「歴史的転換点」をむかえている。
長らく日本のビールは、欧米スタイルの忠実な模倣者(フォロワー)でありました。しかし、近年は自らのアイデンティティを模索していった結果、国際的なビアスタイルのガイドラインに影響を与える存在へと成長を遂げています。
本稿では、日本地ビール協会マスタービアジャッジ・INTERNATIONAL BEER CUP審査員長の小嶋徹也さんとCRAFT BEER BASEの谷和さんによる対談を筆者の視点からレポートしていていきます。
日本オリジナルのビアスタイルへの挑戦
これまで世界のビール地図は、ドイツ、イギリス、アメリカといった伝統的強国によって描かれてきました。しかし、近年、イタリアの「イタリアン・グレープエール」やブラジルの「カタリーナサワー」など他の国や地域で生まれたビアスタイルが独自の地位を築きはじめています。
日本では、「INTERNATIONAL BEER CUP」において、2022年に初めて「ティービール」がカテゴライズされ、2026年には世界で最も権威のあるビール品評会として評価されている「WORLD BEER CUP」においてもスタイルガイドラインとして追加されてました。しかも、日本の定義をほぼ追認する形で新設されており、日本がアジアの主導権を握るべく、韓国や中国に先んじてビアスタイル化を断行した戦略的判断が、世界基準(デファクトスタンダード)として実を結びました。
この結果から、日本も独自のキャラクターを確立するフェーズへ突入したと言えると思います。
ちなみに「ティービール」は、日本のビアスタイルガイドラインでは、繊細な「煎茶・抹茶」と、ロースト香の強い「ほうじ茶」や「紅茶・烏龍茶など」を明確に分けて審査されています。「これはフレーバー強度の異なる素材を同じ土俵に乗せないためで、ホップやモルトとの緻密な均衡を求める日本的醸造の難易度と価値を正当に評価するためです」と小嶋さん。
こうした動きは単なる原材料の追加ではなく、日本の風土、食文化、そして、「引き算の美学」を醸造学的に再定義する試みだと思います。小嶋さんと谷さんの議論の中でも「日本独自のスタイルを確立することは、単なる市場戦略ではなく、私達の食文化そのものを豊かにする文化醸成のプロセスに他ならない」という話がありました。
次世代の食中酒としての期待が高まる日本酒酵母ビール
今回のトークセッションでは、いくつかの原材料について話がありました。次に取り上げるのが日本独自の醸造技術の粋である「日本酒酵母」です。以前は、単なる珍しさの追求という面がありましたが、様々なブルワリーの知見が集まってきた事で、ビールを「和の食中酒」として完成させるための、醸造科学的な挑戦へとステージが進んでいます。
糖代謝の技術的ブレイクスルー
「日本酒酵母は本来グルコース(ブドウ糖)の代謝に特化しており、麦汁の主成分であるマルトース(麦芽糖)との相性が良くないとされていて、オフフレーバーの発生に悩まされてきました」と、これまでの日本酒酵母ビールについて谷さんが説明。しかし、現在は「マルトースを分解できる酵母の選抜・開発が進み、麦汁100%での美しい発酵が可能」になりつつあると言います。
また、並行複発酵を応用して、ビールらしい軽快さを持つアルコール度数6%のものから日本酒のような重厚さを持つアルコール度数9%を超えるものまで、アルコール度数の制御においても新たな知見が蓄積されてきている話もありました。
食文化との融合
日本酒酵母由来の「吟醸香」をまとったビールは、アジのなめろうやふきのとうの味噌焼きといった、繊細かつ複雑な和の風味との相性が良いと言われています。これは、既存の「日本酒酵母ビール」を、日本のブルワー達が「次世代の食中酒」へとアップデートした成果であり、将来は世界に誇れる食文化へ発展していく可能性があると感じました。
特に日本酒に馴染みのない海外からの訪日観光客には、いきなり和食と日本酒を合わせるのではなく、日本酒要素を兼ね備えたビールと合わせてもらう事で日本の食文化への関心を高めるきっかけになるかもしれないと思いました。
ライスラガーを巡る日米の解釈差
2024年にBREWERS ASSOCIATIONが新設した「ライスラガー」。これは、日米の文化的ギャップを浮き彫りにしました。
「アロマ」か「旨味」か
「アメリカが求めるライスラガーはジャスミンライスのような『アロマティックな香り』を重視している」と言う小嶋さんの話に対し、「日本が追求しているのは、主食としての『米の旨味・甘み』」と言う谷さん。
現在の日本では、α化(加熱調理)の手間を惜しまず、米本来のキャラクターを主役に据える設計を重視している傾向があり、今後、「ライスラガー」の世界的定義については、小嶋さんや谷さんをはじめとする国際ビール審査会で活躍する審査員が世界の審査員と議論を重ねる必要があるでしょう。
精米歩合によるフレーバー設計
日本において興味深い話だったのは、精米歩合の活用です。大吟醸のように磨き抜いた米はクリーンでシャープなキレを生むが、あえて削りすぎない破砕米や米糠を用いることで、米らしい複雑味や豊かな甘みを表現できる。ホップのキャラクターを抑え、「米の余韻」を最大化する設計は、海外のキレ重視やホップ重視の設計に対する「日本版ライスラガー」の明確
な差別化要因となると思います。
定義による明確化か、自由な探求か
今回の対談において谷さんが最も議論したかったのが「麹ビール」についてです。
「名脇役(キャリア)」としての麹
「麹自体は、強烈なフレーバーを放つ主役ではありません。素材の旨味を引き出し、全体をまとめる名脇役としての酵素的役割にその本質があると考えています」と小嶋さん。さらに「今、麹ビールは可能性を探っている時期で方向性が定まっていません。この状況でビアスタイル化して『麹の風味はこうあるべき』というルールを課してしまうとブルワー達の自由に発想する機会を損ねてしまいかねない」と付け加えていて、話を聞いた谷さんも納得した様子でした。
麹は世界に類を見ない日本独自の商材です。現時点ではスタイル化という枠にはめることを急がず、食文化の中で自由に知見を溜めることこそが、戦略的に正しい選択であると断言せざるを得ません。
余談にはなりますが、ビアスタイル化を巡る対話の中で小嶋さんの「野良スノーボーダー」の比喩は、醸造家の独創性を尊重されていて素敵だなと思いました。実際のやり取りはPodcast番組「ビールに恋するRadio」で聞けるので聞いてみてほしいです。
地域に根ざしたオリジナリティの確立に向けて
茶、日本酒酵母、米、そして麹。これら全ての要素は、今や単なる点としての新商品ではなく、日本の風土や郷土料理と結びついた「アイデンティティ確立の宣言」へと昇華されてきています。
「日本は、世界屈指の多様性を誇る『フルーツビール大国』」と言う小嶋さんと谷さん。ラカンセア属のアルコール発酵と同時に乳酸を生成するフィリーサワー酵母の浸透などにより、「各地でフルーツサワーエールを見かけるようになった」と小嶋さんが言うように、地域独自のビールへ発展しそうな流れも生まれてきています。
ここで大切なのは、「日本らしさ」の答えを急がず、地域ごとの多様性を楽しみながら、ゆっくりと文化を醸成していくことだと思います。
造り手と飲み手が共に「日本らしいビールとは何か」を問い続け、楽しむ土壌は、いま確実に成長しています。日本のクラフトビールが、その土地の風土を映し出す鏡として世界を魅了する未来が来ることを楽しみに「日本オリジナルのビアスタイルを探る旅」は続いていきます。



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