【10周年特別企画】さかづきBrewingが歩んだ「山と谷」の軌跡
- こぐねえ

- 40 分前
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東京都足立区、北千住。古き良き宿場町の風情と新しいカルチャーが交差するこの街で、一軒のブリューパブが10周年という大きな節目を迎えました。その名は「さかづきBrewing」。2016年3月1日に産声を上げてから今日まで、オーナー醸造家である金山祥子さんは、数えきれないほどの「喜び」と「試練」を駆け抜けてきました。
今回は10周年を記念し、これまでの歩み、そして看板ビールである「Shy girl(シャイガール)」の誕生秘話と、これから先の未来について、じっくりとお話を伺いました。
第1章 順風満帆な「山」と、想像を絶する「ドでかい谷」 激動の10年を振り返る
金山さんはこの10年を「本当に山あり谷ありで、スリリングな時間だった」と振り返ります。
始まりは「第2次クラフトビールブーム」の追い風とともに
さかづきBrewingがスタートした当時は、日本におけるクラフトビールの第2次ブームが芽吹き始めたタイミングでした。金山さんは大手ビールメーカー出身で、醸造の経験は豊富。一方で飲食業自体は未経験での参入でした。しかし、その確かなバックボーンと「ブリューパブ」という形態の目新しさが重なり、オープン当初からメディアやビールファンの間で大きな話題となります。
創業当時の旧店舗(現在の「さかづきLab(以下、Lab)」)での仕込み量は、1回あたりわずか150Lから170L程度。こだわり抜いた一杯を求めて、お店には連日、開店から閉店までひっきりなしにお客さんが訪れる大盛況となりました。「入店できるようになったら電話で呼んでほしい」とお願いされるほどの人気ぶりで、まだクラフトビールという言葉が一般的になる前から、その味は北千住の街に瞬く間に浸透していきました。
「2019年までの約3年間は、ただがむしゃらにビールを造り、提供する。働けば働くほど評価される。まさに視界良好な『山』の中にいました」と金山さんは語ります。

突然訪れた、幾重にも重なる「ドでかい谷」
転機が訪れたのは2019年。「提供できるビールが足りない、もっと品質を高めたい」。醸造家としての純粋な思いから、金山さんは設備の拡充を決意します。しかし、旧店舗に新たな設備を置くスペースはなく、移転が必要でした。
当時の北千住は「良い物件は公開前に決まってしまう」と言われるほどの激戦区。さらに醸造所という特殊な形態ゆえ、飲食店のような居抜き物件はなかなか見つかりません。一時は他エリアも検討しましたが、地元の不動産屋さんの縁で、北千住駅から徒歩圏内にある元一軒家の理想的な物件に出会うことができました。
新店舗の準備を進める中、自身の妊娠というおめでたいニュースも重なりました。しかし、そんな幸せの絶頂で想像もしなかった巨大な「谷」が現れます。世界を一変させた、新型コロナウイルスの感染拡大です。
新店舗オープンを半年後に控えたタイミングで、状況は一変。度重なる酒類提供の禁止や休業要請により、経営は困難を極めます。「さかづきBrewing」では缶や瓶製品の販売を行っておらず、売上の柱を失うという絶体絶命の状況。いつ終息するか見えない不安、慣れない育児、そして経営拡大のために増員したばかりのスタッフの生活を守る責任……。 「思い通りにいかない現実の狭間で、深い『谷』の底をもがくような日々でした」

2つの拠点で描く、新しい「さかづき」の形
この苦境を支えたのは、他でもないお客さんの存在でした。期限付免許を取得して始めた量り売り販売に駆けつけてくれる温かい声援に後押しされ、なんとか最悪の時期を乗り越えることができました。
現在は、500L規模の醸造設備と炭焼き料理を楽しめるレストランを併設した「さかづきBrewing」を軸とし、2023年7月には、約3年間休止していた旧店舗を「Lab」として再開。Labでは、窒素ガスを使ったサービングの違いを体感したり、店長こだわりの日本酒を楽しめたりと、実験的な遊び心溢れる空間を提供しています。
駅の東口と西口、線路を跨いで位置する2つの拠点は、お客様がその日の気分に合わせて使い分けられる、理想的な関係を築いています。

第2章 フラッグシップビール「Shy girl」への飽くなき追求
この10年で数多くのビールを醸造してきた金山さん。自社醸造を始める際に秘めていたのは「ピルスナースタイル」への強い思いでした。旧店舗では設備の関係で断念していましたが、新設備で満を持して誕生したのが、ボヘミアンピルスナー「Shy girl」です。
なぜ「ピルスナー」で勝負するのか
「ビールは人を幸せにする、日常の飲み物の代名詞である」。そんな信念を持つ金山さんは、日本人が最も親しみを感じるピルスナーを、ブルワリーの看板に据えたいと考えていました。 あえてジャーマン(ドイツ)スタイルではなく、ボヘミアン(チェコ)を選んだのは、「どこか優等生なジャーマンに対し、ボヘミアン特有の少し甘みのある、日常の酒として溶け込むような存在感に惹かれたから」だと言います。

狂気とも言えるこだわり「トリプルデコクション」
「Shy girl」の最大の特徴は、現代の醸造では珍しい、手間のかかる「トリプルデコクション製法」を採用している点です。麦汁の一部を取り出し、沸騰させてから戻す工程を3回繰り返します。 「通常の糖化工程の1.5倍から1.7倍の時間がかかるので、めちゃくちゃ大変なんです」と笑う金山さんですが、この工程こそが麦芽由来の深いコクと、奥行きのある味わいを生み出す鍵となっています。

21回のアップデート、理想の80%地点へ
「Shy girl」はこれまで21回もの仕込みを重ねてきましたが、レシピは一度として同じではありません。酵母、麦芽、ホップの配合を毎回微調整し、理想の味を追い求めています。最新バッチでようやく「理想の80〜90%の完成度にまで近づいた」と笑顔を見せます。
「何も考えずに飲める」ことの尊さ 名前の由来は、新店舗の準備期間に授かった金山さんの愛娘です。「少し恥ずかしがり屋で可憐、でも愛着が湧く。そのイメージがボヘミアンピルスナーと重なりました」。 金山さんが目指すのは、「何も考えずに飲んでほしい」という無の境地。「主役はあくまでお客様の時間。会話や料理を邪魔せず、スッと喉を通る、引っ掛かりのない一杯でありたい」。ビールはあくまで最高の引き立て役なのです。

第3章 「健康な経営」が生む「美味しいビール」
激動の10年を経て、金山さんは新たなステージへ足を踏み入れようとしています。
マイナスからゼロ、そして「プラス」へ
コロナ禍という巨大な「谷」を経験し、金山さんの意識には大きな変化がありました。「経営者として、会社を健康にすること」への強い覚悟です。 「これまではマイナスをゼロに戻す期間でした。11年目は、ゼロからプラスにしていく年です」 。スタッフが本質的な仕事をし、適正な対価を得て、それがさらに美味しいビールとしてお客様に還元される。そんな「好循環」を生み出すために、現場の利益率を見直し、決算書と向き合う日々。経営の安定こそが、醸造家としての自由な発想やメンタルの安定に繋がることを、身をもって学んだからです。
変わらない「カジュアルな楽しみ」への想い
経営を見つめ直す一方で、絶対に譲らない一線があります。それは「ビールはカジュアルな飲み物であってほしい」という願い。 原材料が高騰する中でも、「Shy girl」のスモールサイズ(330ml)を580円(税込)という手に届きやすい価格に据え置いているのは、住宅街のブルワリーとして2杯、3杯と気軽に飲んでほしいという想いがあるからです。
11年目の乾杯を、北千住で
「お客様をよく観察すること。10人いたら10通りの要望があります」。 金山さんはスタッフにそう伝えています。顔が赤くなっている方にはそっとお水を差し出し、小さなお子様にはお子様セットを用意する。そんな細やかなホスピタリティが、お店の賑やかな空気をつくっています。
「谷」の時代も変わらず大切にしてきた真心が、北千住の街で愛され続ける理由なのでしょう。 11年目、プラスへと転換していく「さかづきBrewing」の物語は、これからも多くの人を魅了していくはずです。
10年の歴史が溶け込んだ最高の一杯を味わいに、ぜひ北千住へ足を運んでみてください。

さかづきBrewing
住所:東京都足立区千住1-20-11
電話:03-5284-7676
さかづきLab
住所:東京都足立区千住旭町11-10 コルディアーレ102
電話:03-5284-9432
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